癌ステージ4の患者さんが「生きたい」と叫んだ言葉が、ずっと頭に残っている話

皆さんは癌を患っている患者さんから整体を受けていると聞いたら、「病気を治すために民間療法に頼っている」と考えませんか。

しかし私の経験上、癌を治すために整体を利用する患者さんはまず存在しません。

その様な患者さんは、「症状としてあらわれる身体的な苦痛の緩和」を目的として整体を利用しており、とくに精神力で抑え込めない関節系の痛みの軽減を欲しています。

また、身体はどんな状況になろうと最後まで生命を守ろうとするため、それが「痛みへの恐怖」を増幅させてしまう面があります。

生きている限り続く痛みと不調。余命を知ってやりたい事にチャレンジする話や周囲に何か残す話はごまんとありますが、毎日が精一杯な患者さんにはハードルが高い気がします。

 


今回は、病気に対して整体は、どこまでサポートできて、どこから及ばないのかを考えるきっかけとなった話です。


40代の女性の患者さんは、仙腸関節痛の痛みで来院しました。仰向けで寝ても、立ち仕事の最中も痛みが止まらず、少しでも痛みを改善したいとのことでした。

ただ、問診票は仙腸関節の痛みだけしか記載されていませんでしたが、あきらかに普通でない痩せ方をしており、何らかの重大な疾患を抱えていると思いました。

 

仙腸関節の痛みへ対処するため、まずは仙骨矯正(S.O.T)から始めます。

自重で矯正する方法となり、関節をズラされた感覚を感じる人すら稀で、ましてや痛みを感じることはない矯正法なのですが、その患者さんは矯正の度に鋭い痛みを感じていました。

「痛みを取るためなら」と呻きながら我慢している姿が今でも記憶に残っています。

 

施術は難解をきわめました。

脂質は外部からの刺激を緩和させる大切な要素なのですが、痩せすぎた身体だとほぐしの圧が強すぎる刺激となって全身に響く痛みとなってしまいます。

病気による関節痛も厄介です。可動域を広げようと少しずつ動かすだけで、声がでるほどの痛みが生じることがあり、細心の注意を払わなければなりません。

矯正で痛み、ほぐしで痛み、関節を動かして痛みと、一回ごとに患者さんは疲労困憊していましたが、それでもコースを続けることに必死でした。

 

3回目ぐらいでしょうか。こちらから聞いたわけではないのですが、ぽつぽつと境遇を語ってくれました。

ステージ4の肺癌であること、病院から余命宣告を受けているが、娘との生活のためにレジの仕事は続けていること、いくら食べても太れないし食欲が細くなっていることなど。

こんな時、「必ず良くなる」「気持ちが大事」とか無責任に励ますことはできません。ただ話を聞いて、自分の仕事を全うするだけです。

 

5回目のとき、数日前に病院に行った結果が芳しくなく、言い知れない不調がでてきていることを話していたとき、残されるまだ学生の娘の話になりました。

淡々と静かに話している途中で、突然、「生きたい」と叫びました。

人前で気丈に振舞っている人ほど、心配させる言葉を我慢してしまい込んでいます。

さすがに淡々と施術を進めようとしていた私も、目頭が熱くなっていました。どんなドラマや映画のワンシーンより現実的で心に刺さる言葉でした。

 

その次は二度とありませんでした。

患者さんからメールで、病状が悪化して仕事が続けられなくなったこと、癌の治療に専念しなければならないことが伝えられました。

「病気を克服して治ったら、必ず残りのコースを受けに行く」と元気に綴られていました。

私も「元気になるまでお待ちしています」と返信しましたが、お互い今生の別れになることを理解していたと思います。

 

結局、私の整体は癌の痛みに無力だったのではと考えています。

できることは化学治療によって病気が落ち着いた身体に対し、疲れ切った身体の回復をサポートすることだけです。

病気の予防には使えますが、病気を覆すほどの免疫力アップは現実的でないでしょう。

 

病気は誰にでも起きる可能性があります。

だからこそ、病気によって悟りを開いた特別な存在になるわけではなく、ただの人間のままで進む方向が変わるだけです。

どんな姿になろうと最後まで人として相対するのが敬意だと考えています。